BCC:忘却の彼方

V6岡田准一をとりあえず追いかけるブログ

V6が20周年を迎える記念で岡田をとことん突き詰めようのブログを書こうと決意した 件

tumblrを自信満々に立ち上げたけど、
とりあえず使いにくいのでハテナでも更新しとう。

そんなわけで今日は私がV6にはまった歴史から振り返る。


私が彼らの存在を意識するようになったのは、

何を隠そう私が13歳の時、6年間背負ったピンクのランドセルをやっとおろし、

慣れないセーラー服に袖を通した中学1年生の時である。

日曜の朝、OH!エルくらぶという当時SMAPの中居くんが司会の番組にある男が番宣で出ていた。

それがドラマ「ハンサムマン」の番宣の長野博だった。

忘れられないのは、中居くんに

「MUSIC FOR THE PEOPLE」を適当に歌われて

「歌詞違いますけどね」

って相当愛想悪く答えていたので

『コイツ感じ悪い』だった。

そんな感じ悪い男が主演やるのかよ、世も末だなと子供ながらに生意気だった私は心底思ったんだが、

翌日月曜の20時、テレ朝に偶然にチャンネルをあわせてしまう。

ちゃらついたイケメンの天才外科医(でも仕事は至って真面目)がまあいろいろとありまして、的な内容だったが、

それはそれは夢中になった。

月曜の20時は、絶対に見逃すまいと帰宅後必ずテレ朝にチャンネルをまわした。

その主役が私の初代担当の「長野博」である。

当時の私にとって「V6」は長野博であって、

長野博と他5人』でしかなかった。

そもそも長野博以外に興味がなかった。

それまで、兄貴の影響を全面に受けてきた私は、

好きな番組が「シティハンター」「あぶない刑事」「ルパン三世」「ナイトライダー」だった。

おかげで一切周囲と話が合わなかったのに、

ちゃらついたその外科医を演じている男は、

13年間生身の人間に興味のなかった私の心を奪った。

それから「三谷幸喜ドラマ」を録画するためだけに覚えたVHS録画の方法を、

私は全部彼に注いだ。

VHSの10本パックを近所のビデオ屋「すみや」で手に入れては長野博の番組を録画した。

長野博は当時22歳だったにも関わらず、

私のクラスの同級生には大変不評で

「ただのおじさんじゃん。森田剛じゃないの?」

と言われ続けた。

とにかく昔からおっさん好みだったんだと思う。

そこから私は「その他5人」を覚える。

若い方まん中が森田剛

左が三宅健

右が岡田准一

兄さんたちの井ノ原快彦とリーダー坂本昌行

それから私はすぐにCDを買い、V6に夢中になる。

四六時中「MUSIC FOR THE PEOPLE」と「MADE IN JAPAN」を聴き、

まだ駆け出しだった彼らのバレーボール番組を録画し、

深夜で初の彼らのレギュラー番組「Mnavi」を見始めどっぷりV6に染まるのである。
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