BCC:忘却の彼方

V6岡田准一をとりあえず追いかけるブログ

真実は時に寡黙でなかなか正体見せてくれない。

SMAPの動向を見守っていた。

私が今まで見てきた彼らの『解散』は、
いつも本人たちがいちばん楽しげだった。

だから私は今回もそうなるんだと何処か達観していた。

でも違った。

いつまで経っても中居正広
『え、俺達解散するの?ってびっくりしちゃって。』
ってきっとあの笑い顔で、
かすれた声で笑い飛ばしてくれる時間は訪れなかった。

昨日私が見たのは残酷な時間だった。

我々が望んでいた
『大丈夫です、俺達また5人でがんばります!』
の笑顔じゃなかった。

慎吾に至っては完全に闇で
『ダークサイドに堕ちた』状態だったし、
つよぽんは魂を抜かれて、
何より、
中居正広は全てが死んでいた。


私は、
少なくとも木村拓哉中居正広は、
わかっていると思っていた。

そういう世界で生きていると、
自分たちが立っている場所はそういう場所なんだと
住んでいる場所は実に時代遅れで過酷な処だとわかっていると思っていた。


彼らが当たり前に座っている椅子は、
誰かが全てを犠牲にしてでも座りたいと思う椅子で、
それは選ばれ限られた人間にしか用意されていない。
そしてその椅子は
大変美しく綺麗でどの椅子よりも輝いている。

でも
その椅子はこの世のものとは思えない残酷な椅子であり、
大変脆く、
1度座ったら2度と立つことは許されず、
座り続ける限り過酷な人生が待っている。
そして立ち上がったら2度と座る前の景色は見られず、
最悪座る前より厳しい現実が待っている。

だからわかっていて座っていると思っていた。

その椅子がたとえ時代とそぐわなくても
個を殺してでも商品として生きていくしかないとわかっていると思っていた。


全ては残酷な世界ですよ。
社会に出たら
会社も政治も規則も外交も、
家族や友人関係さえ、
打算と思惑と金で成り立っている。
だから世界は回れている。

清く美しく正しく綺麗なものでうまく行く世界なんて
誰かに守られている教室の中だけだ。
そんなものどこにもない。

断言できる。

そんなものはない。

愛?
そんなものは誰も救わないよ。
酔いしれている奴らだけだわ。



舞台は道徳の時間じゃない。

ここは資本主義社会で、
彼らがしているのはビジネスだった。

だから、わかっていると思っていた。

彼らの個がどんなで
どんな意識を持とうとも、
その残酷な世界で夢を売り続けるのが現実であると。

知っている。
その椅子に座らせ続けることがどんなに残酷なことか。

かっちり5つ向き合った椅子に座らせ続けることが幸せであろうと思い続けた我々が望んだ結末は、

どこよりも地獄だったよ。

『これがまどかの望んだ結末だっていうの?』
ってああこういうときに使うんだって思った。


戦術を間違えたと気づかされた。
彼らも我々も。
誰も参謀になれず、
誰も交渉に長けていなかった。

書かれているように、
もし5人が独立したかったのなら、
もっとしたたかに腹黒く、
戦略を立てるべきだったし、
交渉し続け、地をならすべきだった。

そして我々も、
ベストだと思われた想いは、
昨夜のあの5人の顔で
『なにもかも彼らにとっては重荷でしかなかった』
と想い知らされた。

我々も彼らを、
彼らも我々を人質に取られたのだと。

互いの純粋な気持ちですら
泥水で汚くぶちまけられた気分だ。

やっぱり美しいものなんてないんだと想い知らされた。


椅子に座り続け、
矢面に立たされるポジションになった1人の判断も、
椅子から立ち上がって別の椅子に座ることを望んだ4人も、
間違っていない。
方法を間違えただけで。

みんなベストを迎えたかったのに、
ベクトルが違ったからこうなった。


絡む人間の思想の偏りも原因か。

もう2度と戻らないであろうあの楽しい日々を望む私もまた
とてつもなく残酷な人間だと思った。

そしてどんなに残酷で汚くとも
私はまた願う。
いつかSMAPで居続けたことを
『よかった』と言い切る彼らの姿が見られることを。

たとえそれが
永遠に訪れなくても。



(余談)
顧問弁護士のコメントが最初に出ていたが、
顧問も相当気を使ったと思う。
(ググればなんていう先生が顧問しているか出てくる上、職務上言わないが、
前の事務所の先生がここの弁護士と同期だったので実は私も何度か使いで行ったことがある。
相当きれる弁護士だと聞いている。)
顧問先のトップがああいったお方ですから。
顧問ていうのは、
顧問先が経営的も社会的にもベストな状態でいられるようアドバイスもする。
決して法律的な助言だけではないんですよ。
みなさんそうは思われてませんけどね。